道修町とのかかわり
私どもの業務のルーツは“くすり”にあります。
薬(以下、「くすり」とする)の歴史は人類がたどった道でもあります1)。
森羅万象、山川草木より動植物・鉱物を採取し、食用とともに経験によって薬用に供することを知った古代人が、これらを貯蔵・管理して、病を癒したことに医療の起源を求めることができます2、3)。
古事記および日本書紀によれば、医療は高皇霊命に始まり、大巳貴命と少彦名命が協力して、天下を治め、疾病を治療したとされ、後の二神を日本では医療の始祖としております4、5)。
日本の「くすり」の歴史そのものでもある、大阪(または大坂)道修町の少彦名神社では中国の農耕神であり薬祖神でもある神農氏と先の日本の薬祖神でもある少彦名命があわせて鎮守されています2、3)。
道修町がくすりの町として、歴史的に記録されているのは、1658(明暦4)年の奉行所からの通達文です。このとき、すでに道修町には三十三軒のくすりの専門業者がおり、以後1725(享保10)年には薬種仲買仲間百二十四軒が株仲間として幕府から公認され、明治時代になって解体されるまで、欠員は出ても、増加は一、二のことで、百二十四のまま変わることはありませんでした。江戸時代にはこれらの薬種仲買仲間が、長崎を経由して輸入される唐薬および和薬の国内流通の中心を担っておりました6、7)。
明治時代当初、大阪の薬業界では新興のものや進取の気概に富むものたちが洋薬の取り扱いを始めましたが、その取り引き量は漢方薬に比べれば、圧倒的に少なく、その形態については江戸時代とは大きく変わることはありませんでした2、3、8~11)。
このようなくすり事情も医師免許制度などの施行に伴い、洋医が増加するにつれて、洋薬の消費が増えるようになり、大きく変化をし始めました。和漢薬のみを取り扱っていたところも洋薬を扱い始め、横浜・神戸にある外国商館が大阪の町へ洋薬の売り付け、買い付けに出かけていきました。やがて国内の問屋のなかには直接外国から輸入を試みるものも出てきました。このような経緯を経て、外国からの薬品の輸入量は大幅に増大し、和漢薬との地位は早々に逆転していきました2、3、8~11)。
ここで、1879(明治12)年~1880(明治13)年頃に国内に輸入されていた洋薬関連の薬品類を次の表に示しました。表中には医薬品として使用されるものや、今日私どもが取り扱う化学・工業薬品、試薬などの薬品類がみられます2、3)。
表3 1879(明治12)年~1880(明治13)年頃に国内に輸入されていた洋薬関連の薬品類 2、3)
規尼涅塩 沃度加里 炭酸曹達 サントニーネ 酒石酸 石炭酸 臭素加里 モルヒネ サフラン 塩酸カルキ 苛性曹達 サリシル酸 グリスリン 塩基性硝酸蒼鉛 塩酸加里 ヨヂウム キナ皮 炭酸マグネシヤ セメンシーナ アラビヤゴム 酒石英 椰子油 ヲクリカンキリ コロロホルム シンコニーネ コッパイババルサン油 赤燐 サルサ根 ウニコール 吐根 水銀
大正時代に入り、第一次世界大戦(1914年~1918年)の勃発を契機にわが国の経済は発展し、商工立国、工業国家への転換が実現しました。当時、医薬品は主にドイツから輸入されていましたが、開戦とともにそれが途絶し、薬価の高騰や医薬品の欠乏など憂慮すべき事態が生じました。そこで、政府は国産品による自給体制を確立するために製薬事業を奨励しました。現在の国内の大手製薬企業は、この頃までに出揃ったといえます2、3、8~11)。
一方、近世より道修町において、草根木皮を主原料とし、明治時代にガレヌス製剤*を中心に加工業を営み、薬種の製造・販売をてがけた薬業家がありました。このうち海外から洋薬が輸入されたのを機にいち早く、国内で化学・工業薬品、試薬などの薬品類の取り扱いへと転換した流れがございます2、3、10、12~16)。
この商家の流れのひとつが今日の私どもに繋がり、私どもの業務のルーツが“くすり”にあるといえる所以です。
*ガレヌス製剤:動植物に基づく生薬類を粉砕、混合、抽出などの今日の製剤の基礎あるいは根本といわれるような手法で作られた製剤の総称で、ローマの医師ガレヌスから伝えられたとして、現在もガレヌス製剤と通称される。3)
引用または参考資料
1)天野 宏、概説 薬の歴史、薬事日報社(2000)
2)米田 該典、薬業の今昔<大阪と道修町>、第33回日本東洋医学会学術総会(1982)
3)米田 該典、大阪とくすり、大阪大学出版会(2002)
4)倉野 憲司校注、古事記、岩波文庫(1963)
5)坂本 太郎、家永 三郎、井上 光貞、大野 晋校注、日本書紀(一)、岩波文庫(1994)
6)米田 該典、洪庵のくすり箱、大阪大学出版会(2001)
7)渡辺 祥子、近世大坂 薬種の取引構造と社会集団、清文堂(2006)
8)武田百八十年史、武田薬品工業株式会社(1962)
9)武田二百年史(本編)、武田薬品工業株式会社(1983)
10)日本薬史学会編、日本医薬品産業史、薬事日報社(1995)
11)辰野 高司、川瀬 清、山川 浩司編集、薬学概論(改訂第4版 増補)、南江堂(2005)
12)大阪藥種業誌刊行會、大阪藥種業誌 第一巻、大阪藥種卸仲買商組合(1935)
13)大阪藥種業誌刊行會、大阪藥種業誌 第三巻、大阪藥種卸仲買商組合(1937)
14)キシダ化学六十年の歩み、キシダ化学株式会社(1984)
15)三島 佑一、船場道修町 ―薬・商いの町―、人文書院(1990)
16)三島 佑一、昔の大阪道修町 今むかし、和泉書院(2006)